ある「目的」を実現するためには、その「目的」の実現するのに最も効果的な「手段」について考え、いくつかの候補、選択肢を並べて、その中から一つを選択しなければならない。そして「アクション」(行為)を起こす。これが「目的合理的行為」である。

今年一月の、共和党候補者選びの時点、トランプが共和党の候補者になり、民主党の候補に勝つとは予想されていなかった。トランプは本命ではなく、「羽柴秀吉」や「マック赤坂」のような(とまでは言わないとしても)泡沫候補でしかなかった。

そこでトランプは、政治的「手段」として、ある「戦術」を考えた。それは「暴言王」を演じることであった。「目的」の達成のためにもっとも「合理的行為」がこれだったのだ。

日本の防衛費支払い、核保有容認、TTP取りやめ、「万里の長城」、イスラム教徒の入国禁止……。

「メキシコ人」「イスラム教徒」云々というのは、「差別」がどうのこうのの「ポリティカル・コレクトネス」の問題である。
トランプは、意図的に挑発的な反「ポリ・コレ」のパフォーマンスを演じた。私は聴衆も、トランプがパフォーマンスとして、「メキシコ人」云々をしていることをしょうちしているのではないかと想像していた。

ところが今朝のNHKTVによると、トランプ自身が大勢の聴衆に向かって「わたしは意図的に、ポリ・コレに正面から挑戦している」と発言していたそうだ。