よく考えれば酒に限らず、生きている環境全般には無駄なものが多いように思えるものの、
長い人生においては、その無駄だと思われたものは後に役立つことが多い・・
いや、無駄こそ宝庫・・なんだなあ。

酒そのものも身体を悪くする基であったり、方法を間違えればとんでもなく
危険な所にも行き着くものであるけども、危険である境界線がどこなのか、
何が本質的な危険となり得るのかを見定める・身につけるには体験することが最も近道。
というかこれって、大人として、大人としての深みを覚えるにあたっては
色んな方面で行っていて然るべきことでもあるのよね。
それをもやらない、避け続けていると後々本当に「駄目な大人」「やわな大人」になりますわね。

で・・。なんですかね、ビールや酒が飲める飲めない、好きか嫌いかはそれほど重要ではなく。
寧ろコミュニケーションツール、コミュニケーションの一部と化する
酒や酒のある空間そのものから遠ざかっている状況をどう捉えるのか・・
そこに視点と考察を基づかせた方が、何がしかの突破口や方向性は見えて来るんじゃないかと。

その点では、既に部分的にはあると思うけども、酒に合う食材といったものは言うに及ばず、
お酒を介した素敵な空間~コミュニティの創出・発展という方向を模索、
そこに酒を主役ではなく「脇役」として添える方策を考えていくことの方が、
中~長期的には良いと思うわけで・・。

よく、おやつ類やその他のもので「お酒やビールのおつまみに」・・
なんていう触れ込みがあるけれど。よくよく考えると、これってお酒が主役でおつまみは
自ずと脇役になっている状態なんですよね。これは「お酒がよく飲まれる背景」というのを
前提にしているわけで。